クリスマス近辺の街にはなんだかよくわからないものがたくさんある。最も不可解なものの一つが歌って踊るサンタ人形である。音に反応してサンタが陽気に腰を振るようにして踊る絶望的に目出度いその玩具を見たことのある人もたくさんいるかもしれない。

しかしよく考えてみてほしい。

踊るのはサンタの役割ではない。Job Descriptionにも書かれてないはずである。エンジニアだからと機械に強そうだといってコピー機の不具合を直させるようなものだ。サンタは怒り心頭に発して赤くなっているに違いない。嬉しそうだが。

なにが言いたいのかというと、冷静に考えない場合、実は、サンタが踊ることはごく自然に受け入れられるということだ。私は高校生までゾンビとして揶揄される大衆の一人として自我を持たずに暮らしてきたので冷静に考えないことができる。考えない場合、不思議なことだが、サンタが嬉しそうに異性に媚びたダンスを踊ることは自然なのだ。驚くべきことに。

サンタが踊るまでの思考の流れはこうである:

クリスマスはなんかキラキラして嬉しい

クリスマスといえばサンタクロース

サンタクロースは陽気に踊る

絶望しただろうか。ただ雰囲気を悪魔的に融合しただけである。止揚などという生易しいものでは断じて無い。解剖台の上にカエルとチアシードが載っているような感じと言えば良いだろうか。ただの連想ゲームだ。

困ったことに人間社会では過半数の人はこのような思考回路で生きており、そして大勢は正義となる。だからといって迎合してサンタとともに踊る阿呆にもなれない悲しき自我が私である。

サンタを踊らせて喜ぶ人々を見て支配欲を満たす程度のことが、経済性と探求を双方ある程度満足させることのできる戦略となる。自分が作った阿呆とならば、私は一緒に踊ることができるのだと思う。

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