自分に影響のある範囲では変化を拒む。
そうでないと考えているところでは革新(そんなものはないのだが)を望む。

それは共同体を維持するためには必要なことだ。
集団としての強さを見出したホモサピエンスの本質的な部分ではあると思う。

重要なのは本能的に感じたことのみで行動するのではなく、より広い時間軸を見て過去に学び、本当に自分に無関係なのかしっかり考えることだろう。
「自分の感じたことだけを信じる」「自分は持ってるから」と言う人が実際に知人にいるのだが、社会で前提として使われているクリシェをなんの疑問もなく前提として用いていることを認識していない。

そのために必要なのは、いろんな領域の知識を、最初の退屈な部分を我慢して学ぶという経験ではないかと僕は思う。
変化を望むこと自体が悪いことなのではない。それをしっかり考えた上で結論を出せばいい。

きっと誰もが最初は恐い。
きっと誰もが逃げ出したくなる。

逃げるのもいい。
でも、自分が何から逃げたのかを忘れてはいけない。

関連記事

共同幻想

人類の「知識」に関する一考察

夜を走る列車

吉田神社節分祭について

ゾンビのようにサンタは踊る

生命は生命を賛美する

コメント

コメントを返信する

メールアドレスが公開されることはありません。