「そんな夜中に目醒めたときの闇はなにも見透せない盲目の暗黒だった。耳をすますと耳が痛む暗黒。たまらず起き上がることがたびたびあった。焦げた裸の木立の中で聞こえるのは風の音だけだった。この冷たい自閉的な闇の中でふらふらと立ちあがり両腕を伸ばして身体の釣り合いをとっていると頭蓋の中で内耳の前庭が計算し判断をくだそうとする。古い記憶。まっすぐの姿勢を探した。倒れるものは必ずまず傾く。彼は行進するような大股で無の中へ歩み入り引き返すときのために歩数をかぞえた。眼を閉じ両腕をオールのように動かして。なにに対してまっすぐ?鉱脈か母胎(マトリックス)か、ともかく夜の中のなにか名状しがたいものに対して。彼も星々も共にそれの共通の衛星であるようなものに対して。ちょうど丸屋根のある円形大広間で宇宙のことなどなにも知らないと人はいうかもしれないがそれでもなにか知っているに違いない巨大な振り子が長い一日を通して宇宙の動きを書きつけるように。」
                              ―コーマック・マッカーシー「The Road」より

The Roadの文章は映像化できないだろう。映画化はされているのだが、レビューを見る限り映像にすると情報が多すぎて醒めてしまうようだ(未鑑賞)。

「建築に何が可能か」という原広司の有名な言葉がある。
「建築とは何か」を議論することに終わりはなく、実際に現実として現れてしまう建築では、「何が可能か」という視点を持つべきだという。

また建築家は、「建築になっていない」とか、「建築として成立させる」という言葉をしばしば使う。
建築は、何によって(According to what)建築であるのだろう。

ふたつの要因が考えられる。
ひとつは、「クラシック」という捉え方である。

あらゆる表現は「クラシック」と「アヴァンギャルド」と「バズ」として分類できる。

・クラシック : 様式。一般にイメージのクリシェとして利用可能であるもの。

・アヴァンギャルド : 類を見ないもの。

・バズ : マスメディアの登場以降。クラシックとはなりえないものの一時的なスタイルとして利用可能。

表現においてこの「建築としてのクラシック」を踏襲または考慮したものは建築と捉えられることが多いように思う。
磯崎新の「つくばセンタービル」がよい例。
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もうひとつの要因は、「イメージとしてのゲシュタルト質を獲得するための恣意性」である。

つまり、それが「(正規)表現」であるかそうでないかを判断する要素として、そこに「全体性」が感じられるかどうかということである。
レム・コールハースの提唱する「BIGNESS」はとても明快にこのことを表している。

建築マップ エデュカトリウム

ここで冒頭の話に戻ると、建築は現実のものとして現れてしまうために、絵画や文字表現のような余白を用いた表現は難しい。
そこで、作品として「何にもなれない建物から脱却するための生存戦略」として、

・人々の記憶の中にあるイメージをインクルードして、「何者かである」と感じさせる。

または、

・「全体としてのイメージ(ゲシュタルト質)」のイメージのレイヤーを新たに見る人の脳内に作らせる。

という作用をもたらすものを「建築」であると感じるのではないだろうか。

自由な造形表現が「フォルマリズム」と揶揄される理由として、この仮設によって検証すると、

SANAAのような「箱型だけど何か違う」もの(例えばツォルフェアアイン・スクール)は、

「他の「何ものでもない建物」との共通項を持ちながら、窓の配置による視線誘導の結果(視線を面全体に誘導する)として各面にゲシュタルト質を獲得し、さらに壁面の薄さにより「模型のようである」というイメージも獲得しているという生存戦略」を持っている。
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これに対して、自由な造形表現というものは、戦略として「クラシック」を持ち得ない時点で人々の心理に対してゲートが狭くなっている、ということが言えると思う。

さらに、山崎亮や西村浩など、「コミュニティデザイン」が重視されるようになったことも造形表現にとっては風当たりを強くしている。
「コミュニティデザイン」は、言うなれば、「結局は何かを評価するのもしないのもすべては人だ」ということだとここで勝手に解釈すると、本来は造形表現自体と共生可能であるはずなのだが、その「一般の人」というものが「クラシック」の価値判断で生きているということが最大のネックとなる。

フォードは「人々に何が欲しいか尋ねたら、彼らはもっと速い馬がほしいと言っただろう」と言った。

本来制約など何一つないはずなのだ。
言いたかったことは、「造形を恐れてはいけない」ということです。

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